海流の恵みを受け急峻な山岳部に降り注いだ雨は麹菌の繁殖に最適な気温と湿度をもたらしました。

つまり自然発生的にカビの一種である麹菌が食材に生える環境が整っていたと言えます。

特に稲藁(いなわら)に麹菌が自然に棲みつき、納豆や麹の種として大いに活用されました。

日本の伝統的な酒造りにはその麹菌と酵母の働きが欠かせません。
日本酒の起源では、麹菌とともに自然に存在していた空気中や蔵の中の酵母(蔵付き酵母)がアルコール発酵を起こしたと考えられています。
蔵に棲みついた酵母は、その蔵ごとに異なる味を生むため「蔵付き酵母(クラボウ)」として珍重されました。
かつての日本酒造りでは、酵母を「加える」のではなく「育つ」のを待つものでした。

江戸時代になると「種麹屋(たねこうじや)」という専門職が現れ、安定した酵母の採取と培養、そして良質な麹菌を選別し育成するようになりました。
1906年(明治39年)には日本醸造協会(現・協会酵母)が設立され、純粋培養酵母が登場。
明治以降では、農学者であった野口英世や酒造関係者が麹菌を分類・純粋培養し、「アスペルギルス・オリゼー(A. oryzae)」として体系化しました。

そして和食の味のベースとなる、味噌、醤油、酢といった発酵調味料や漬物や干物などの発酵食品はこの麹菌や酵母の働きがあってこそのものです。

麹菌が日本で発達したのは、単に気候や素材だけでなく、人々がその力を「おいしさ」として受け入れ、磨き続けてきたからで、日本の風土と文化が育んだ「目に見えない宝物」といっても過言ではないでしょう。

稲作が伝わったことで発酵文化のもととなる麹菌と酵母が生まれ、その米と水とともに日本酒が醸されてきました。

日本の伝統的な酒造りは、自然と向き合い、米と水に感謝し、季節の移ろいを受け入れる心が育んだ文化です。
五感を研ぎ澄まし、時間と対話することで生まれる一滴は、まさに“飲む文化財”と言えるでしょう。


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